僕の人生、変な人ばっかり!

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【思春期】家の壁を殴って破壊していた理由を経験から考えた(解決策も)

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最近、親子関係のこじれが原因で事件になったニュースを目にする機会が増えた。事情を知れば知るほど、他人事のようには思えず、この記事を書いた次第である。

精神的に荒れて、実家の壁を殴っていた当時の自分のことを書いてみた。

 

 

はじめに&結論

 家の壁に穴をあける年頃の男子は珍しくないのかな~と思った出来事がいくつかある。大家族に密着するテレビ番組で家の壁に穴があいていたり……予備校で仲良くなった友人が実家に来た時、「うわあ……ウチの兄貴もそうやったわ」と発言されたり……etc。

 検索をかけても、同様の思春期を過ごした人がいることがわかる。

結論から書くと、

 

親と環境に不満がある

→解消する手段がない

→溜め込んでいく

→家の壁を殴る

 

という流れである。それでは、要因を具体的に振り返っていく。あくまで、「僕の場合は」です。

 

父親の権限がない

一家の大黒柱で、この人のようになりたい。そんな要素は当時の僕から見て、全くなかった。あくまで僕個人の視点だが、父の居場所がないような家庭だったと思う。酒や暴力に溺れるなどではなく、家にあまりいなかったイメージだ。

父親がどんな仕事をしているのか……当時は具体的に知らなかった。

なので、尊敬や憧れの気持ちは全くなく。言うなれば、コミュニケーションが不足しすぎていて、関心を持つことが難しい存在だった。

余談だが、父親が無関心&母親が過干渉であると、ニートになりやすいという定説がある。親と一緒に暮らすことが生理的に受け付けないのでニートになることはないだろうが、このパターンだった気がしないでもない。

 

母親とウマが合わない

「どこで育て方を間違えたかね?」

もう何回聞かされたかわからない言葉である。当時の母は、口を開けばとにかく皮肉、そして親族・父親の文句ばかりという印象だった。

また、「~してやった」(最たる例は、育ててやった)

という上からの立場を、絶対に崩さない人だった。

なので、どんなに自分が悪くても謝罪ができない。推測になるが、親は絶対的に偉い・正しい、みたいな考え方なのだろう(これは僕個人の視点で、他の兄妹に関しては知らない)。

意見しても被せてくるばかりなので、押し付けられている感覚が抜けない。論理的な会話は望めない。わかりやすく言えば、(教えを乞いたくないのに)説教しかしてこない。

 

大学生の時に一人暮らしをして老若男女問わず幅広い年代の人とコミュニケーションを取ってわかったのだが、、、こちらの意図を汲もうとしないので、まともにコミュニケーションが取れない唯一の存在だった。

なので、喧嘩ばかりしてはストレスで頭がおかしくなりそうだったことを思い出す。

 

学校で問題児扱い

不良・ヤンキーとは言えないが、高校時代は教師に問題児扱いされていた。

理由としては、進学校なのに勉強を全くしない・いつも無気力・大人を舐め腐った目をしていたこと(言われたことがある)……などが予想される。他にも、遅刻・早退・欠席などを頻繁に繰り返していたからだろう。

まあ、殴ってくるだけの教師もいれば、それに陰湿な発言・行動が加わる奴もいた。不思議なもので、教師からは何をされても大した問題にならないのに、こちらが一回でも手を出せば退学という校則だった(まあ、ほとんどの学校がそうだろうが……)。

明らかに標的にされていたので、今で言うイジメである。

 

ちなみに、問題児になることや目立つことで承認欲求を得ていたわけではない。ただただ、なぜ自分が生きているのか、何のために生きているのか、見つからない自分の存在意義などを常々考えていた結果、無気力だった。

 

しかし、可愛がってくれた先生が何人かいたので、何とか卒業できた。

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環境に不満がある

上記で書いた内容から、学校にも家にも居場所がないと感じていた。

生まれてくる環境や育ててくれる人によって、人生は大きく変わる(決まるとは言っていない)。これは、「教育=洗脳」であると、高校一年生の時にハッキリと気付いからである。

なので、悔やんでも悔やみきれない気持ちがあった。

 

自分がいかに恵まれているか……という説教を散々されてきたが、そんなもんは視点次第で何とでも言えるし、上も下も無限にいるわけだ。

「あんたには~してやってきたはずなのに」「どこで育て方間違えたかねえ」みたいな母の皮肉発言も、やはり比較でしか生まれない概念なので、何も響かなかった記憶あり。少なくとも、「そんな発言を子供に平気でする頭がおかしい親で嬉しいわ」みたいな皮肉を返した記憶はある。

 

また、親の経済状況と子供(兄妹)の数が、僕の価値観と一致していないという点もあった。簡単に言うと、貧乏なくせに子供作るな! というやつである。「ウチは貧乏なんだから~」みたいな発言をされるたびに、こいつは本当に頭が悪いな(経済を見通す力・計画性など総合的な観点で)、と常々感じていたことを思い出す。

 

やりたいことなど、何もない

服装や髪型の規制が厳しい進学校だったせいか、生徒の価値は、勉強or大学進学レベルの部活のみ。そのどちらもない上に、その他特技があるわけでもない。自分に何が出来て何が出来ないのかわからない。一歩踏み出すにも、知識も助言もないのでわからない。だったらとりあえず勉強……といきたいところだが、「とりあえず」何かをすることが出来ない。

環境に恵まれていなくても、自分次第で打開することも可能だ。しかし、そのための何かを頑張らなきゃ……と思える「何か」が全くない。とにかく、やりたいことや打ち込めるものが何もないのだ。

 

当時、僕には親友や恋人もいて、傍から見ると今で言うリア充そのものだったと思う。ただ、これも人間関係に注力するくらいしかやることがなかったからだ。

大好きな恋人を作ったら、恋人のために生きる! みたいな意思が湧くのかな? と考えていたことを思い出す。しかし、恋人や親友がいても生き甲斐が生まれるわけではない。

結局は、自分の人生は自分で決めていかなくてはならない。自分と付き合っていくしかないと気付くまで、孤独や虚しさを感じていた。

 

やりたいことを見つけた上で、その分野が向いていて結果を残す人が世間では注目される。しかし、やりたいことや打ち込めるものなんて、30代になっても見つからない人の方が多いだろう。だったら、とりあえず資格だけでも……という考えは自然である。

(彼女→薬剤師の周りはそれが多い)

しかし、今もなお、僕は「とりあえず」何かを始めることが出来ない人間である(=結果をある程度期待して行動する・一喜一憂する) 。

 

自分が弱いことを理解している

かっこいい人は、自分の弱さを受け入れて成長していく。しかし、僕は違った。

不満を持っていても、高校を辞めてバイトで生計を立てる! というモチベーションもない。バイトはお金を稼ぐための手段でしかなく、精神的苦痛と時間拘束の観点から割に合わないので続かない。(スキルアップしたいなどの目標ももちろんなし)

常に母と口喧嘩をしてきたので口喧嘩は強くても、人を思いやる優しさはなし。他人の視点や気持ちを察することも出来なかった。かと言って、人として成長したいという気持ちもなし。

結果、ただただ時間だけが過ぎる。そして、親の脛をかじらざるを得ない現実に直面する。けれど、要領のいい良い子ちゃんを演じることも出来ない。よって、発散も出来ない。

このような流れで、ストレスだけたまり何も行動出来なくなる……なんで生きているんだろう、、、→ループというのが当時の僕だ。

 

エネルギー・ストレスの発散が出来ない

世の母たちは、息子のエネルギーをどのように発散させるか? みたいな考えをするだろう。ウチの母もサンドバッグの購入を考えていた。が、率直に言えば浅はかな考えだと言わざるを得ない。ここまで読んでもらえればわかると思うが、問題はもっと深い部分から生まれているからだ。

 

とにかく、「この人は何もわかってくれない」という母へ怒りが根源だった。他の人は話せるのに、母親だけはまともに話せない。口喧嘩をしてストレスがたまりにたまり、血管が何本も切れるほど怒り狂う。最初は布団の中で発狂したり、ベッドを殴りまくっていた。 

サンドバッグを殴りたいんじゃない。ボクシングジムに通ってボクシングにハマりたいわけでもない。喧嘩が強くなりたいわけでもない。とにかく親が嫌い、憎いのだ。でも、親を殴っても何も解決しない。当たり前だが人を殴ってはいけない(暴力教師のおかげで、この考えは当時もしっかり認識していた)。どうすればいいのかわからない。

というわけで、壁を殴ってしまうことになった。

 

ちなみに……

中学まではサッカー漬けの環境だったが、高校はサッカー超弱小校。なので、努力をしなくても一つ上の代から試合に出してもらっていた。

知り合いにプロもいて取材も数多くしているが、その人たちのように全国大会に出場するレベルで、かつスタメンならば他にエネルギーを使うことはないかもしれない。が、夢中になっているものを急に失ってしまうことも人生では珍しくない。そういった意味で、何かをやらせることで解決を望むことは難しいだろう。

 

物件の問題

実家がレオパ⚫スだったら、絶対に殴っていない笑。

一軒家に長年住んでいることで、防音・耐久性をある程度理解している。やはり、近所迷惑も考えるものだ。

 

自傷行為の意味合いも、おそらくある

当時はわからなかったが、自傷行為のような意味もあったと今ならば思える。

壁に穴が開くほど強い力で殴るので、拳も痛い(フツーに出血する)。中には骨折する人もいるだろう。けれど、すぅ~っと胸に抜けていく何かがあるのだ。

リストカットをした人に直接話を聞いたわけではないが、することで気持ちが落ち着くと聞いたことがある。なので、同じような効果があったのかな、、、と(この部分は具体性がなくてすみません、あくまで伝聞です)。

 

公共物を破壊すると、余計な面倒がかかる。誰彼構わず喧嘩をふっかけることもない。弱者を貶して承認欲求を得るわけでもない。

なので、やはり目的は、母に不満を伝えることだったのだろう思う。僕は今でも、マザコンの人が羨ましい。

 

解決策を考える

「今、息子が家の壁を殴ってるんです……。どうすれば良いでしょうか?」

みたいなことを聞かれても、ぶっちゃけ、わからない笑。

教育評論家や本の答えは、愛が必要~みたいな説明が一般的だと思うが、「じゃあ現実で具体的にどうするの?」という問には答えられないだろう。

 

特に、子供に尊敬されていない親御さんは相当厳しい。例え反抗期であっても、親が尊敬されるような人ならば、子供は心にブレーキを持っているし、友人が自分の親を褒めてくれたりするものだ……と思う(人によるので断言はできないが)。なので、親がすごい人になれば解決すると考える。親の評価を子供だけがするのではなく、他人も介在することが大切だと言える。

尊敬出来ない人、または同じ経験をしていない人に「~すべき」みたいな説教をされても、何も響くことはない。むしろ、なんでこんなやつに説教されなきゃいけないんだ、と不満を抱えるのは誰でも同じだ。

と書いてみたものの、やはりケースバイケースなので一概には言えない。

 

また、衝動の問題なので、対話をしたからと言って解決するもんでもない。ただ、理解者が増えることは大切だと思う。主には、学校以外で人間関係を築くこと

僕の場合は、親友の親や、当時の恋人の親と仲良くさせていただいていた。

自分の親とは異なる、健全な親子関係を築いている人物・その両親の人柄を知るために、食事に誘われたら積極的に参加した。間違った両親から産まれてしまった現実は、人間関係の改善で変えることが出来る……という仮説を自分で実証したかったのだ。

断言するのは恐ろしいが、結果として、恋愛さえ出来れば人生は大きく変わる。この考えは今でも変わらない。

 

あとは、上京して一人暮らしをしたことで、考え方が大きく変わった。

実家にいる場合、やる必要がないことはやらない。急に息子に家事をやらせようとしても、自分でしなくていいものはしないものだ(仮にやらせるならば、幼少期から習慣付けるなど洗脳する必要があるだろう)。

だが、これが一人暮らしになると、生活のあらゆる部分でエネルギーを費やさざるを得ない。一人暮らし経験者ならばわかると思うが、学ぶことは限りなく多い。当時は素晴らしい親とは思えなくても、親の偉大さを各々で感じるだろう。視点は確実に増える。

経験しないと学ばないとは言わないが、経験ほど学ばせてくれるものは他にないと考える。

なので、親元を離れるとか一人暮らしさせるといった経験を積ませることは大切なのだと思う。感情の好き嫌いとは関係なく、感謝の気持ちを持つことも出来るようになった。

 

自分自身が親になる……という選択肢もあるだろうが、非現実的だろう。

 

最後に

問題という概念は、問題がなくなれば生まれてくる性質を持っている。つまり、生きている限り、問題は生まれ続ける。その問題にどう対処していくのか、、、。人生って難しい。そんなことを最近思う。

 

ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

 

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