2022年6月19日に、福岡県北九州市小倉北区紺屋町にある『餃子の鼎(かなえ)』が閉店することになりました。感謝の気持ちを綴った上で、お店の写真を残したかったので記事にしました。
~以下、夏の日の思い出と感謝を綴る~
店内は混んでおり、入り口に最も近いカウンター席に座った。陽射しが直接差し込む。僕の隣はピッチャー置き場なのだが、置いてある全ての容器の氷が溶けている。……暑い。いつもと違って、クーラーがこちらまで行き届いてない。もしかしたら壊れているのかも。
人気メニューの石焼き麻婆丼や担々麺も美味しいのだが、レタス焼き飯(チャーハン)が抜群に美味しいという点において、お気に入りの中華料理屋だ。行くと必ず注文する。ご主人と奥さんの二人でやっている。
餃子がメニューにあるのだが、一人で8個は多い。なので、可能ならば半分の量で頼めないかと奥さんに聞いてみた。数十年と使い続けたであろう鉄板が目に入るせいで、前々から食べてみたかったのだ。
「お父さんに聞くから待っててね」
すぐに聞いてくれるのかな? と思っていたが、しばらく経っても報告はない。……そうだった。奥さんはテキパキと物事を捌くタイプと言うよりも、人の顔を覚えてたり、料理を出す時や勘定する時に一言二言添えてくれる優しさがあったりと、関わるだけでほっこりする人なのだ。
――以前、僕と中年男性の二人しか店内に客がいなかった時。食事中に中年男性のケータイが鳴った。その人は反射的に席を立ち
「折り返します!」
と一言。チャーハンを待っていた僕は、「席を立つ必要はなかったけれど(気持ちはわかる)、なかなか良い対応をするじゃないか」と思っていたところに
「いつもありがとね~」
と奥さんが勘定の準備に入った。
「あの、電話に出ただけですよ。まだこんなに残ってますし」
「ああ~ごめんねえ。席を立つ音がしたから」
と一笑いがあった。懐かしい思い出だ。
しばらく待っていると、にこにこした奥さんが半餃子を持ってきてくれた。ああ、要望、通ったのね。そして、
「もうすぐ出すから待っててな」
汗を首に巻いたタオルで拭きながら、ご主人から一言いただいた。やっぱり餃子も美味しいな……と思いながら、ご主人の背中越しに舞う米を見ていた。やった、今日は当たりだ。
と言うのも、以前彼女と来た時のこと。その日も混んでいて、しかもチャーハンを頼む人が僕を含めて5人ほどいた。ご主人は一気に5人分の米を炒めていたのだが、火の通りがやや甘く、悪い意味で普段よりもしっとりしていた。仕方がないとわかってはいたものの、好みの味わいを得るためには来店のタイミングを見極めなければならないことを学んだ。
ちなみにご主人は職人肌で、鍋ふりが本当に画になる。コンロとフライパンの摩擦でふわっと火の粉が舞っては消えていた。
チャーハンがきた。よく形容される表現に、しっとり・パラパラとあるが、どちらも異なる。業火に焼かれて、お玉で成形できず、皿にのさばる感じ。湯気でメガネが曇る。レンゲいっぱいにすくい、なんとなく、ただなんとなく、ふーふーせずに一口。……んまい。これだ。これを求めていた。かきこんでも次がある幸せ。猫舌なのを忘れてしまう。すぐにスープがきた。
「熱いからやけどしないようにね」
奥さん、ありがとうございます。生姜と鶏の出汁の透き通ったスープ。このスープもまたチャーハンに合うのだ。レンゲに滴ったスープと米粒。ここでしっとりさせて食べる。これもまたうんまい。さらには、ご主人特製の辣油が唯一無二の美味しさで、これまたチャーハンとスープと完璧な相性を魅せるのだ。
背中は汗でびしょびしょ。シャツで顔をふき、鼻水もふく。髪をかきあげ、眉間にしわを寄せ、シャツをパタパタさせ「ふうー」っと一呼吸。それからは無我夢中になる。やっぱり、人生で一番美味しいチャーハンを食べている、という実感を全身で感じることが出来る点は大きい。スプーンの一掬いに感謝の気持ちを伝染させつつ、一粒も残すことなく、あっという間に完食。
すぐに席を立ち、「ごちそうさまです」と一言。会計する時、二人で僕の目を見て「ありがとうございました」と言ってくれる。この瞬間に、このお店の魂を、熱意を、感謝を感じるのだ。そして「また来なきゃな」と思って、僕はお店の扉を開ける。
外に出ても暑かった。けれど、とても気持ちが良かった。そして、悦に浸っていた。なぜならば、いつかの永谷園のお茶漬けのCMに自分を重ねていたからだ。もう何年前になるだろう。電話が鳴り続けているのを無視して、掻き込むやつ。あのライブ感を妙に覚えていて、あの感じが僕の中に生まれていたのだ。
家に帰って、早速彼女に聞いてみた。
「永谷園のお茶漬けのCM知っとる?」
「知らん、それより汗くさっ!」
現実に戻り、いそいそと水シャワーを浴びたのだった。
後日談。
再び話の流れで彼女に聞いてみたら
「知っとーよ」
「は?」
「話聞いてなかったんやない。言われた覚えないし。はあはあ言うやつやろ?」
だって。
「やっぱ良いCMよね」
「でも、あんたお茶漬け好きやないやん」
「……」
エッセイおわり
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僕の人生で最も美味しいチャーハンを提供してくれていたこのお店が、2022年6月19日を以って閉店することになった。
病院の調理師の定年後にご夫婦で始められたお店ということで、2013年のオープンから10年の時が経ったらしい。定期的に通っていたし、辣油の別売りをお願いしたり、スープの味付けを聞いたり、コロナが流行った後ではテイクアウトを出来るか問い合わせたり。定休日なのにそれを忘れててお店に行ってしまったことも何度かあった。脳が思い出を振り返れと命令するが如く、数々の思い出が蘇ってくる。ちなみに、エッセイに書いたエアコンはやはり壊れていたらしい(もちろんその後修復)。
これまでの感謝を、あの時の感謝を、お二人に伝えたい。本当にありがとうございました。そして、お疲れさまでした。
この辣油を売ってほしい、と3回はお願いした気がする。
奥さんからいただいたヤクルト。
このチャーハンに何度救われたことか。幸せでした。
★お店の写真を持っている方、もし良ければ掲載させてください。
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