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「演技力不足」から邦画が面白くない理由を語る

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 邦画はつまらない。面白くない。洋画は好きだけど――

 そのような発言をする人、または聞いたことがある人は少なくないのではないでしょうか。僕自身も洋画の方が好きでした。しかし、最近は面白い邦画が増えてきたと感じたこともあり、その理由を突き詰めて考えると「演技力」という言葉にぶつかりました。この記事では、「洋画との違い」「実写化」「子役」などを「演技力不足」という視点から語っています。

 

 

演技力不足とは

 大前提として、俳優は登場人物の人格を画面上で出現させる必要がありますよね。「演じる」とはそういうことだと考えます。

 邦画の中で、俳優AがBいう人物を演じていると仮定します。すると、「Aってどんな人だったっけ? 今まで見たことあったっけ?」 という比較が(無意識下で)行われます。それは以前に見た映画かもしれませんし、ドラマやバラエティ番組の番宣かもしれません。

 僕が途中で見るのを止める邦画の大半は、ただ画面の中にAがいるだけという状態が起こっています。Aがセリフの棒読みしているだけ、AがBっぽく振る舞っているだけ、Aが漫画原作の衣装を着ているだけ……

 

 シナリオや演出に対して云々言いたくなる時もありますが、それよりも圧倒的に多いのが、ただ画面の中にAがいるだけという状態。一部の作品を除いて、映画の上映時間は二時間近くありますよね。なので、見る側も心の準備をする場合も少なくないと思うんです。

 ただ画面の中にAがいるだけという状態が起こることで、ネガティブな感情が芽生えたり、集中が切れたり、、、。個人的には、「映画を見るぞ!」という期待値を大幅に下げられてしまい、見る気が失せます。これが僕が考える演技力不足です。

 逆を言えば、面白い映画は世界へ入っていけるんですよね。雰囲気を持っていると言いましょうか。それは細部に違和感を持たせない演出であるとも言えます。

 

小説・漫画の実写化問題

 邦画には、小説や漫画を実写化する作品も多いですよね。ここで問題なのも、やはり演技力不足です。

 原作を読んでいる場合は、原作との比較が起こるのは当たり前のことです。登場人物には必ず重要な役割があり、視聴者が何かしらの感情を抱くような設定があります。そこにはイメージや思い入れがあり、愛が加わればより深まります。

 しかし、ここでも起こるのが、ただ画面の中にAがいるだけという状態

 なぜならば、ストーリーは採用しているにも関わらず、キャラは全く活かされていないからです。ストーリーとキャラがあってこその作品なのに、キャラだけAに挿げ替えても……

と思います。簡単に言うと、「なんでコイツが?」「誰?」「コスプレ発表会かよ」と思うことがあまりに多いです。しかし、原作キャラとは異なりつつも、役をモノにしていることで葛藤を生むこともあります。個人的には、「横道世之介」で吉高由里子が演じていた祥子がそれに当たりました。

 また、原作とは異なりつつも役をモノにした作品と言えば、藤原竜也の「カイジ」が真っ先に思い浮かびました。とてもキンキンに冷えてやがってましたね(賞賛)。

 

某事務所、某アイドルグループ

 具体例は言いませんが、「邦画をダメにする」という意味でよく名前があげられる事務所やグループがあります。

 別に、出演するな!と思っているわけではないんです。ただ、問題なのが主役級に多いことなんですよね。ワンシーンならばともかく、主役で演技が下手だと個人的には耐えられません。

 

 原作の知名度×キャストの知名度はお金を生みます。それは事実でしょうし、見る側も理解しています。各業界の利益関係、、、例えばテレビ局と事務所、スポンサーや映画配給会社との関係性などを考慮すれば、仕方がない部分はあると思います。また、日本は他国に比べ、映画にかける予算が少ないことは有名です(本記事は演技力不足がテーマなので、詳細な言及を避けます)

「そりゃあ演技力のある人間だけで固めたいよ? でもそれで客が入る?」

 そう言われれば、真っ向から否定する言葉はありません。そういった側面があるのも事実でしょう。しかし、知名度の獲得が演技とは関係のない分野であるキャスティングがあまりに多い印象があります。その代表例が、「某事務所、某アイドルグループ」なんですよね、おそらく。

 友人の中には、出演しているだけでアレルギーというヤツもいました。が、個人的には演技が上手かったら(集中を切らさなければ)問題ないと思っています。でも、上手くない場合の方が多いですね、残念ながら。

 

洋画との違いは「共通言語」

 邦画に比べて、洋画は集中力が切れることが少ないです。その違いはやはり言葉、突き詰めれば共通言語です。

 言葉を発することで伝わる情報の多さは、やはり共通言語で生きてきた経験によるもの。人は外見だけでも本当に多くの情報を発していますよね。ましてや、一言喋るだけで、声の高さや低さ、佇まいや態度、方言や癖など、瞬時に印象づけられてしまいます(それが正しいかどうかは別として)。

 ですが、言葉がわからなければ、人となりが伝わる要素は断然少なくなります。これは海外に行って、または外国人に話しかけられて、言葉が通じない経験をした方ならわかると思います。経験が浅いと、みーんな同じに見えてしまうんですよね。一人ひとり異なるにも関わらず。


 洋画を見ていると、役者の演技が上手いかどうかわからない場合が多々あります。そして、どのような人間性なのかもわかりません。だから余計な情報が入ってこないことで=集中できる。これが邦画よりも洋画が好きな理由の一つでした。

 洋画を例に取りましたが、海外ドラマも当てはまりますよね。吹き替えの場合は、役者ではなく声優の演技の方に関心が移ります。声優がよほど下手でない限り、違和感は生まれないのですから。

 

子役にも同じことが言える

 この記事を書いていて、何かとつながるなーって思っていたのが、子役の演技です。子役の演技を見て、「下手だな~」と思った記憶はありません。

 「何も思わない」か「こんなもんだよな」か「上手いな」の三択でしょうか。これは個人的に関心が薄い、比較材料が少ないことも関係していると思われます。とは言え、 子役は大人に比べて、実力主義な気がします。この記事を書く中で、それを強く思いましたね。演技力を純粋に求めている傾向が強いと思います。

 大人よりも子役のほうが演技力を求められる……なんとも不思議な話です笑。

 

見る側の問題も

 面白いという言葉の概念は、人によって異なるでしょう。これは多くの人に取材を繰り返すことで僕が深く感じていることです。例えば、くだらなくて笑う作品もあれば、自分の中で考えることで面白みを増すものもあります。中には、わからないけど面白いといったものまであるでしょう。

 死・友情・選択・別れ・恋愛・挫折・感謝・病気など、人生には本当に多くの出来事があります。もちろん、これらは作品でよく扱われるテーマでもあり、生きていれば自然に増える経験でもあります。すると、感情移入できる確率も自然に上がりますよね。

 自分自身を振り返っても、10代の頃と今(30代)の感性は同じではありません。過去の自分と比較して、「感性は何一つ変わっていない」という人の方が少ないでしょう。
 そういった意味で、面白い映画は変わってくるものだと思います。

 

クレジットを見ますか?

 大学時代に一度だけ、映画監督の制作の手伝いをしたことがあります。短期間の撮影でしたが、もうめちゃくちゃきつかったです。そのワンシーンを撮るために、ただただ雑用しました。しかも給料は激安。。。

 制作の手伝いをして学んだことは~なんて言える経験ではないのですが、ただ、一つの映画を作るのにどれだけの人間が関わっているかを少しだけ理解しました。ワンシーンを撮るためにどれほどの人と時間と金が動いているか――人件費・レンタカー・宿泊費・音響など、、、これらに、音楽やプロモーションが加わるわけです。

 

 映画館で早々に帰る人にイチャモンをつけるわけではありませんが、クレジットを意識して見たことがあるでしょうか? マジでとんでもない数の人間が携わっています。「名前」ではなく、その人をずらーっと並べてみたらすごいことになると思います。しかも、一人ひとりには映画に対して思い入れがあるはずです。しかし、「名前」だけ表記されるのがクレジットですよね。

 とは言いつつも、クレジットを見て、「こんなにも多くの人が。。。」と思いを馳せることはあまりありません笑。でもですよ、そういった人の思いに対して報いたいとは強く思っています。
 だったら、見るからにはやっぱり面白い! と思いたいですし、その想いを人と共有したいとも思います。

 

 そういった思いを妨げている最大の原因は何か――

 

 という趣旨の記事でした。んなことわかってるよ! と思った方もいると思います。長々とお付き合い頂き、ありがとうございました。 

 

 

カイジだけじゃないですよ↓↓

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ドラマ・コウノドリを見ていると、綾野剛は本当にすごいな……と毎回思います。 演技はもちろん、セックスも天才だよ、という記事です↑↑