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薬剤師国家試験に落ちた彼女を、僕は隣で見ていた〜人生が変わった瞬間の話(最終回)

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「薬剤師国家試験に落ちた彼女を、僕は隣で見ていた」第二十三話。合格発表の瞬間の話など。最終回です。

 

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2015年3月27日

 たった一問による後悔をし続けた一ヶ月。自分を信じられなかったという自責……。とは言え、あくまで自己採点の結果であり、たった一問で合否が覆ることも事実。なので、もしかしたら……という期待も完全には捨てきれない。ただ単に過ぎてほしかった時間も、今や感情の渦から解放されたいという気持ちも付随しているように見える。

 そわそわする彼女の姿から、極度の不安と恐怖だけではない、相異なる複数の感情が読み取れた。

 

 すべての感情には過程がある。昨日のお参りもそう。この一年の努力もそう。薬学生として過ごした六年、さらに言えば予備校、高校、中学校、小学校、幼稚園……生まれた時点、もしかしたら生まれる前から全ては「今」につながっているのかもしれない。その「今」の集大成が、これから発表されるのだ。

 

 結果発表の日が近づくにつれ、脳内で交錯する想い。それは、彼女だけでなく僕にもあった。

 やはり最大の懸念は、彼女の価値観に対する影響だ。これ以上頑張る事が出来ないという姿を、この一年間見てきた。この一年を糧にしたい。けれど……

「努力は決して報われることはない」と「努力が報われることもある」

 この二つの価値観の相違は、ふとした瞬間に形となる。

 自分とは違うんだ……と一度感じてしまえば、恋人さえも劣等感を抱かせる存在になるかもしれない。それはテレビを見ている時かもしれないし、喧嘩で言い争いをした時かもしれない。一緒にいるだけで辛い。一緒にいるからこそ、辛い。そんなことを言われてしまう将来を考えていた。合格と不合格で、得るものと失うものがある。よりにもよって、失うものばかりを考えてしまう。

 

2015年3月27日14時(合格発表の時刻) 

 いよいよ結果発表。厚生労働省のサイトに合格者の受験番号が発表される。14時からと記載があったが、予備校の申込みとは異なり、すんなり繋がった。

「……あった! あるっ!! あったよっ! もも!」

 それこそ映画のワンシーンを遥かに凌駕するような、演技では追いつかない瞬間があった。パソコン画面には確かに彼女の受験番号がある。初めて能動的に彼女から抱きつかれたことに驚きを感じつつも、一方で、恐ろしいほどに冷静な自分がいた。

 不適切問題3問と、補正が11問。

 つまり、計14問が廃問になり、正解扱いになった。

 補正の理由

問題としては適切であるが、今回の受験者の正答率及び識別指数等を考慮し、全員を正解として採点する。

 特に、足切りが続出したはずの「物理・化学・生物」の必須問題からは15問中3問も補正がかかった。その結果、彼女は足切りを回避して、合格基準に達していたのだ。

 

 ――東日本大震災後の就活の現場を見てきたからこそ、思うことがあった。

 人手不足が業界を滅ぼすことはわかりきっている。薬の重要性は、薬を飲んで病気を治した経験がある人ならば誰でも理解できる。世界共通と言ってもいいだろう。つまり、薬剤師が不足していては、国の問題になり得る。だったら、何かしらの措置が取られるに決まっている。決まっている、だから自己採点時の合格率は絶対におかしい、だったら手を加えるはずだ、と僕は自身を洗脳していた。

 その結果が、補正11問となって見事に現れてくれた。それでも、合格率は63.17%。去年に続く最低水準の合格率である。

 

 この二年間の薬剤師国家試験に、どれだけ多くの人が感情を動かされただろう。今後も、薬学生・薬学関係者は厚生労働省に振り回されることに変わりはないだろう。

 しかし、その想いもすぐに消える。だって、受かったから。そう、彼女は報われたのだ。

「やっと解放される。社会人になれる……」

 お母さんお父さんを始めとした親族、二年連続で採用してくれた就職先の病院、大学の教授、薬局でお世話になった先生。僕が把握していない人ももちろんいる。たくさんの人からのお祝いの声が聞こえた。

 中でも、彼女のおばあちゃんは、「人生で一番うれしい出来事」だと涙を流しながら言ってくれたらしい。
 彼女は、ずっと涙を流していた。その姿を見て、僕もようやく合格の実感が湧いてきた。そして、自然に拍手をしていた。

「おめでとう!」

 

 人生が動き出した。

 

 名古屋ともお別れだ。春と秋が短いけれど、好きな都市だった。

 主要都市・観光地へのアクセスは抜群だし、東京と違って地下鉄にも座れる。それに、レストランのレベルが高い。名古屋=濃い味付けという印象があるだろう。しかし、通いまくるうちに、それを好まない料理人が多い街だと考えるようになった。

 いつかは離れたいと思っていたにも関わらず、いざ引越し日が決まると離れたくなくなってしまう。顔なじみも増え、気づかぬ間に居心地の良さを感じていた。それだけの思い出が詰まった二年間だった。ましてや、彼女は七年間も過ごしたのだ。それはもう感慨深いだろう。

 引っ越しのダンボール詰め、インフラの契約解除、新しい環境へ変わるための準備・引っ越して落ち着くまで、また時間がかかるだろう。大変だし、めんどくさい。でも、最高だ。

 

 一つ気懸かりなのは、他の友人たちは落ちていたこと。実は、澪ちゃんから連絡をもらっていた。試験を受けた後に思ったことがあった、と。
「彼女は物凄く勉強していた。だから、自己採点後に強く思った。自分とは違う……」
 と。努力量に歴然たる差があったことを聞いた。そして、それを来年に活かしたいという決意も。

 澪ちゃんもみっちゃんもそう。三年連続で落ちた友人もいる。そして、100回の試験が終わった後、合格基準が大きく改訂されたことが厚生労働省から発表された(ちなみに、101回の試験でみな合格した)。
 

参考:薬剤師国家試験、合格基準を改訂‐「足切り要件」緩和

第100回薬剤師国家試験 合格率63.17% 60%台続く | 国内ニュース | ニュース | ミクスOnline

【第101回~薬剤師国家試験】合格基準

・問題の難易を補正して得た総得点について、平均点と標準偏差を用いた相対基準により設定した得点以上であること
・必須問題について、全問題への配点の70%以上で、かつ、構成する各科目の得点がそれぞれ配点の30%以上であること

 

 

 彼女の誕生日のビデオレター作成に協力してくれた親友にも連絡した。

「良かったね」

「おめでとう」

「ありがとう」

 ありふれた言葉が胸に沁みる。そして、この一年間を思い出していた。

 ――自己採点で涙したこと。誕生日のビデオレターが残酷なものになったこと。バイトの職場の人に恵まれていたこと。立山旅行に行ったこと。二年連続で同じ病院に内定をもらえたこと。しるこサンドを食べて怒られたこと。

 中でも、一度落ちたものを拾い上げて自分のモノにするチアリーダー。そして、「最後の努力じゃ補えん運のところを、ちょっとだけお願いするんよ」と言った彼女。自分にはない考え方が強みになった二人の姿は、脳内で煩わしいほど再生されていた。

 それを一瞬でかき消した一言は、

「支えてくれてありがとう」

 という彼女の言葉だった。

 

 彼女の姿勢には、中途半端さがなかった。一人の人間として、最も美しい姿を見せてくれたと感じている。
 成功体験は誰のものでもなく、自分だけのもの。決して、誰かに与えられるものではない。それでも、彼女の成功体験は、僕にも成功体験を与えてくれた。それは「勇気」や「感謝」という言葉で言い換えることが出来る。僕の人生にも大きな影響を与えていくだろう。

 こちらこそ、支えさせてくれてありがとう。素晴らしい姿勢を見せてくれて、ありがとう。

 人の人生が変わる瞬間を、見た。

 やっぱり、合格っていいね。 

 

 おわり

 

 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。次は、彼女の転職についてのエピソードを書く予定です。

(2021年8月4日 追記)

 

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