僕の人生、変な人ばっかり!

あだ名は「もも」。詳しいプロフィール・人気記事セレクションはidへ。【福岡県在住】問い合わせ:momonga33yuin@gmail.com

(取材を受けて)初心を思い出した話

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 僕から取材することは今までに数多くあったが、取材を受けたことはあまりなかった。なぜ鍋が好きなのか、なぜ食べることに夢中になったのか、なぜブログを始めたのか、ペンネームの桃途ゆういんの由来などなど……。色々と聞いてもらったことで、改めて考えてみた。

 

 高校生の時から、やりたいことが何もないという強い自覚があった。とにかく無気力で虚しく、孤独感に苛まれていた。なぜ生きているのか、生きる意味は何なのか……ということばかり考えていた(この辺りの話はブログでも書いているので割愛)。

 

 ただ、美味しいものを食べることには関心があった。

 それは、大学に入って更に自覚することに。東京に馴染めず、グルメサイトを毎日のように慾る日々。レビュワーの美味しい、の基準をひたすら考察していた。焼き肉でも、この人のカルビ・ロース・タンは理解できるけど、ホルモンはちょっと違うな、とか。サイドメニューは重視せんのやな、とか。

 全国の評価の高いお店、特にパティスリー、ブランジェリー、とんかつ、焼き肉、うどんなどは細かく周った。ただ周るだけだともったいないので、店員さんに色々話も聞いた。感動・感銘を受けることもあり、今までの概念を覆してくれる食の体験は、僕自身に活力を与えた。食べることで感動する、という経験は、今もなお続いていることだ(最近だと、霧島市の妙見石原荘とか)。

 当時は、ヒッチハイク青春18きっぷ旅にも抵抗はなかったし、アルバイトもそれなりにした。何回かクビにもなった。

 人の想いに触れるうちに、自分しか書けないことがあることに気付き、差別化のためにも「写真じゃなくて文章で伝えたい!」と思ったことが、僕が書くようになった一つのきっかけだ。

 

 大学時代に食べ歩きと同じくらい没頭したのが、読書。それまで得た知識(学校で学ばされた知識)を一度否定したかったので、図書館にある本を片っ端から読み漁った。東京で唯一出来た友人に、逐一アウトプットしてたっけ。当時は、自分で物事を考えて行動決定することが大切だとか、人の痛みや苦しみを知ることに意味がある、とか、哲学的なことを必要以上を考えていた。悟った気になっていたし、性格も影を落としていた気がする。

 ただ、大学3年からはゼミに入り、東京にも馴染んだ。小学生のようなアホさを取り戻し、とにかく喋りたいことを喋った。下ネタをイカれるほど言っていた気がする。幸い、女子も含めてエロい人ばかりで、人にも恵まれてた。おかげで単位もそこそこ取れたし(留年したけど)、どこかでバカにしていたバーベキューもみなが集まればめちゃくちゃ楽しいことも知った(美味しくはなかったけど笑)。

 鍋を好きになったきっかけの「簡単」「共有」の喜びも、この時に知った。

 

 でも、本当の意味でやりたいことはないと常々感じていて。就活も150社は周った。どこにも採用されず、、、色々あったが、今はたまたまブロガーをやっている。やりたくないことを明確に整理し続けた結果、消去法でブロガーという感じだ。ペンネームの由来は、元のあだ名「もも」からぐちゃぐちゃ考えてそうなった。

 ただ、「ブログに希望を感じない」というのが、変わらない口癖でもある。ブログで嫌な思いをしてきたけれどそういうことではなく、Googleのさじ加減ですべてが変わりうる相対的な存在という考えに基づいているからだ。それでも辞めずにいられるのは、近くにいて支えてくれた方々、読者の方、声をかけてくれたASP(インターネットの広告代理店)の担当さんたちのおかげでしかない。

 

 今回の取材は、人に改めてお礼を伝えるきっかけになった。僕にゴーサインをしてくれた方々、きっかけを与えてくれたメーカーさんには感謝しかない。あと、単純に貴重な経験になると思う。ただ、画面に映る自分を受け入れられる気がしないけれど……。放送内容はちょっと……。

 それでもやはり、感謝を伝えたい、と強く思った。伝えられるうちに(今後、良い報告が出来るとは限らない)。そして、それはブログを始めた当初の想いでもあると気付いた。

 

 やりたいことがなくて、苦しむ人が多いと思う。今の時代ならば、なおさらだろう。人生に希望を持てないとか、目標設定してもすぐに潰えるとか、やりたいことがなくて仕方なく働いていて悪循環に陥っている人とか、食べることくらいしか楽しみがないという人の気持ちは、正直死ぬほどわかる。10年間は友人とこの類の話ばかりしていたし、誰かに話しても解決策なんてない。責任も自分しか負えない。

 というか、やりたいことなんて30代になっても見つからない人もザラにいる。見つからない人は、永遠に見つからないものだと歳を重ねると理解せざるを得ない。

 

 だったら資格を取れ! と何百回・何千回と言われてきたけど、明らかにそれは正しいし、絶対に間違っていない。でも、出来たらとっくにやってる→……このやり取りのループも、最近はなくなってきた。同様に、やりたいことがないなら自分を見つめ直すしかない、と何回も言われてきたが、見つめ直しても何もない自分しかいない、という禅問答も。

 

 そんなんでも、なんだかんだで、今がある。

 

 経験・知識・人脈からしか、人生の選択は派生しない(と僕は考える)。その中でも、自分が継続したことは、より濃く残る。主体性を伴ったり、夢中になったことは、さらに濃く。それが、やりたいことにはつながっていなくても。

 振り返った時、そういったものが自分にはあって、それは周囲の人のおかげやったな……と思った。と言うか、今は思えるor今しか思えないかもしれないので、この記事を書いた次第です。

 というわけで、改めて……僕の人生に関わってくれた方々、ありがとうございます。

 

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