僕の人生、変な人ばっかり!

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イチ教師から尊敬できる先生へ変わった瞬間の話【お腹の音が】

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 静まり返った教室でお腹の音が鳴る。息をとめたり、お腹をへこませたり、横隔膜の操作を試みたり。自分で呼吸法を編み出してしまいそうなほど試行錯誤した。が、鳴る時は鳴る。何かを食べても消化が早いので、結局はどこかのタイミングで鳴ってしまう。以下、高校の時の話です。

「教師」と「先生」の違いを感じた

 高校二年になって、新しい国語の教師が赴任してきた。女性で、二十代後半だったと思う。怖いという噂があった。

 生徒は基本的に、教師を見定めていた。要は、その授業で寝れるか寝れないかを見極めるのだ。根本的には、睡眠時間が圧倒的に足りない当時の教育システムに問題があったとは思うが、大半の生徒は教師を見て態度を変えていたと思う。

 噂がしっかりと広まっていたこともあり、その教師の初授業はシーンとしていた。他の授業とはまるで違った緊張感があったはず。そして、授業のどこかのタイミングで背後から僕の元へやってきた。気になったけれど、後ろを向ける雰囲気でもなかった。すると

「ガッシャーン!」

 机が壊れるような爆発音のような音がして、心臓が止まるかと思ったことを覚えている。僕の後ろの席にいた奴が、制服のポケット内でケータイをイジっていたことがバレたのだ。それで国語辞典を机に叩きつけられたらしい。当時の主流は折りたたみケータイ。規則が無駄に厳しい進学校だったせいか禁止されていた。当然のように没収。その見せしめは功を為し、授業で居眠りするものはいなくなった。

 

 しばらくして。その教師の授業内の小テストで赤点を取った者には、提出課題が課されるようになった。要は、普段からしっかり勉強をしていれば免れるような類のもの。そうでない者には比例して課題が増える仕組みだった。いつだったか覚えてないのだが、

「課題を提出しなければ、居残りさせても書かせる」

 となり、放課後、古い校舎の空き教室に何人か集められたことがあった。なかった。終わった者から帰れるシステムで、その教師はただ教壇に座って監視。スタートは16時頃だっただろうか。この時点では他のクラスの人間も含め、何人もいたと思う。でも、色々とサボりがちだった僕の場合、その量があまりに膨大だった。一晩で書き終わるようなレベルではなかったので、何時間やっても終わりが見えなかった。さすがに18時頃になったら

「今回は許してあげるけど、これからは止めろよな」

 となって終わるだろうと考えていた。この学校で過ごす中で、無駄に偉そうなだけで面倒事を嫌がる教師が多い印象だった。そう思っていたのだが、一向に終わる気配がない。19時を過ぎたあたりだろうか、「マジだったのか……」と悟った。最終的には残り三人になり、警備の人が催促する形で終わった。時計の針は21時を指していた。

「わかったでしょ?」

 その教師に決め台詞を言われて、お手上げだったことを覚えている。と言うのも、20時頃だったと思うのだが、その先生のお腹の音が「ぎゅるぅう、ゴッ、ぐぐぅう」と、とてつもない音量で響き渡っていたのだ。僕の比ではなかった。そのくせに「よく言うわ!」と。「絶対彼氏おらんやろ!」とも思っていた。けれど、内心は(すげーな……)

 こんな劣等生というか、問題児のためによくやるわ、と。荒れていた僕が悪いのだが、大半の教師が「標的にしてくる」か「バッサリ切るか」の2パターンだった。なので、認め合うというか、友情にも似た感情を抱いたことを覚えている。

 この時が、僕の中でイチ教師から尊敬できる先生に変わった瞬間だった。

 結局、学校では書き終わらなかったので、家に帰って2~3時間くらい書いた記憶がある。それでも終わらず、翌日の学校で仕上げて提出したはずだ。提出した時には「もうあんたにゃ懲り懲りだよ」的な態度だったんじゃないかな。その時の先生の自慢げな笑顔を覚えている。

 

振り返ってみて

 今なら少しわかるのだが、昔から怖かったわけではないと思う。むしろ根がとても優しいというか、ありのままの性格では務まらなかったのではと考えている。どこかで現実にぶつかり、自分を変えた。詳しいことはまるで知らないけれど、教師になった友人たちの話も踏まえ、そんなことを考えている。

 見せしめ以降、特に怒ることはなかったし(他のクラスは違うかも?)。もちろん、みながみな尊敬する対象だったとも思わない。ただ、これだけは言える。生徒に高圧的に接しては暴力を振るう、いわゆる威厳を勘違いしたヤツらとは違った。 

 

 本当にバカで捻くれたクソガキだったけれど、今では感謝しかない。そして、「肩書や環境に惑わされず、しっかりとその人を見る癖」がついた。これは先生を見て学んだことで、今でも自分の中に活きている。

 それだけじゃない。提出物はきっちり提出しないと気持ちが悪い性格になってしまった。大学では出席は最低限に留め、提出物はしっかりと出すというスタイルを貫いた。ただ、結果的に留年したから、やっぱり出席はしましょう。

 

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